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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)101号 判決

原告 大町嘉一

被告 美津濃株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和三四年審判第三三八号事件につき昭和三五年八月一九日にした審決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は登録第五二一、二〇五号商標の商標権者であり、右商標(以下本件商標という。)は、先に原告が昭和一三年七月一九日第三〇四、四五九号として登録を受け昭和三二年八月二六日更新登録を受けた商標の連合商標として、昭和三一年八月二二日出願し、昭和三三年五月二九日登録されたもので、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)のもとにおける第三六類「被服、手巾、釦鈕および装身用ピンの類」を指定商品とし、横向きのライオンがカツプの把手をくわえているような形の図形の下に「ライオンカツプ」および「LION CUP」の文字を二段に横書きして成るものである。

二、ところが、被告は、昭和三四年六月二〇日原告を被請求人として特許庁に対し、本件商標の登録の無効審判を請求し(昭和三四年審判第三三八号)、特許庁は、昭和三五年八月一九日右請求を容れ、本件商標の登録を無効とする旨の審決をし、その審決書の謄本は同月三〇日原告に送達された。

三、右審決の理由の要旨は、本件商標の「LION」・「ライオン」と「CUP」・「カツプ」とは一体不可分的に構成されているものとみるべきではなく、本件商標からは「CUP」・「カツプ」の称呼観念をも生ずるものとすべきであり、一方請求人引用の登録第四三九、五〇七号商標が「CUP」および「カツプ」の称呼・観念を生ずることは明らかであるから、両商標は称呼・観念を共通にし、取引上たがいに誤認混淆を生ずるおそれがあり、旧商標法第二条第一項第九号に該当するから、同法第一六条第一項第一号によりこれを無効とすべきである、というにある。

四、しかしながら、右審決は次に述べる理由によつて違法であり、取り消されるべきである。

1  原告が本件商標をその連合商標として出願した前記登録第三〇四、四五九号商標は、カツプの右側に左向きのライオンが立ちあがつた姿勢でその前足をカツプの上縁にかけた図形から成り、その図形から「ライオンカツプ」の称呼・観念を生ずるものであることは疑いのないところである(現に昭和二八年一一月五日弁理士会発行「文字商標集」第三巻の第三五類ないし第四七類の項にも、図形のみから成る右商標を「ライオンコツプ」として摘録している。)そして、これと連合する本件商標は、そのうち図形の部分としては、カツプの形状とライオンの姿勢こそ右と違つているが、カツプと横向きのライオンとの組み合わせであることにおいては、右基本商標の図形と同じであり、しかもその図形はカツプとその把手をくわえるような姿勢のライオンとがほとんど同じ大きさで表わされているのであるから、それはライオンとカツプとを独立して別個に表わしたものでなく、むしろ不可分の関係において表現したものとみるべきである。また、右図形の下に表示された文字も、「ライオン」・「LION」と「カツプ」・「CUP」との間に若干の間隙があるとはいえ、仮名文字および英字のそれぞれが、同一の大きさの文字で一連に記載さており、それぞれの単語を独立した状態で表わしたものとみることはできない。したがつて、本件商標からも不可分の一体として「ライオンカツプ」の称呼・観念を生ずるとするのが自然であり、その一部のみを分離して「ライオン」または「カツプ」の称呼・観念を生ずるとするのは、前記の一体不可分的な結合による構成を無視するものであり、経験則にも反するものというべく、とうてい是認できないところである。

一方、本件商標の無効理由として引用された登録第四三九、五〇七号商標は、「CUP」および「カツプ」を普通字体で横書きして成るものであり、「カツプ」以外の称呼・観念を生ずるものではない。

2 そして、二つの異なつた単語を結合して成る商標がそれぞれの単語のみから成る商標とは非類似の商標として取り扱われている登録例は数多くあり(例えば、「リボン」と「リボンカナリヤ」「RIBBON CANARY」・「Gold Ribbon」、「Bambi」と「BAMBI RIBBON」・「バンビリボン」・「仔鹿リボン」・「THREE BANBES」・「スリーバンビ」、「BABY」と「ベビースター」、「SKI」と「キングスキー」、「SHEEP」と「SHEEP DOG」・「シーブドツグ」、「鹿印」と「井ゲタシカ」、「TOP」・「コマ」と「TOP CROWN」その他があり、また同趣旨の審決例として、「キングピラミツド」と「ピラミツド」に関する昭和三一年審判第五五二号事件の昭和三四年二月一〇日審決がある。なお、実際の取引においも、前記と同様の関係にある各商標がそれぞれ自他商品識別の標識として支障を生ずることなく使用されている実例も少なくない。

3  それゆえ、本件商標から「カツプ」の称呼・観念を生ずるものとし、引用商標と称呼・観念を共通にするものと認めて旧商標法第二条第一項第九号を適用した本件審決は、取引の実際および経験則を無視するものであり、既往の登録例審決等にも反するものであるとともに、本件商標が登録商標第三〇四、四五九号の連合商標として登録された事実を看過したものであつて、違法の審決といわねばならない。

第三、被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対し次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一、二、三、の事実、四の1のうち原告主張の登録第三〇四、四五九号商標の登録、同商標の構成に関する点、同商標が原告主張の称呼を有し、またかかる称呼のものとして文字商標集に掲載されている点、および原告主張の引用登録商標の構成が原告主張のとおりであり、原告主張の称呼・観念を生ずるものである点、四の2のうち原告主張のような登録例の存する点はいずれもこれを認めるが、その余の原告主張事実および見解はこれを争う。本件審決にはなんら原告主張のような違法はない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一、二、三の事実および本件審決に引用せられた登録第四三九、五〇七号商標の構成については当事者間に争いがない。

二、右の争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証の一および同第四号証を合わせ考えると、本件商標は、別紙図面記載のように左向きのライオンが把手つきカツプの右側把手をくわえているような図形の下に、同図形に比し相当大きく顕著に「ライオンカツプ」・「LIONCUP」の文字を二段に、且つ「ライオン」・「LION」と「カツプ」・「CUP」とを若干の間隙を置き横書きして成るものであり、また審決引用の登録第四三九、五〇七号商標は、同じく別紙図面記載のように「CUP」および「カツプ」の文字を二段に横書きして成るものであることが認められる。

三、いま、この両商標が審決のいうように類似するかどうかを判断するについて、先ず本件商標から生ずべき称呼および観念について考えてみるのに、本件商標にあつては、前記のようにライオンとカツプとを組み合わせた図形よりも「ライオンカツプ」・「LIONCUP」の文字の方が相当大きく顕著に表わされており、右文字のうち「ライオン」・「LION」と「カツプ」・「CUP」はそれぞれ若干の間隙を置いて表示されていること、「ライオン」と「カツプ」はそれぞれ一般世人に親しみの深い言葉であるが、「ライオンカツプ」と一連に続けた言葉としては特別にまとまつた意味内容を有するものと考えられないこと、そしてまた、図形中の「ライオン」・「LION」と「カツプ」・「CUP」の各一方が本件商標の構成上において占める比重ないしは重要さにつき、特に前者が主で後者が従というような関係にあるというわけでなく、むしろ主従優劣の関係はないものと考えるのが相当であること等を総合して考察すれば、本件商標からは、「ライオンカツプ」または「ライオン」のほか「カツプ」の称呼および観念をも生ずるものとみるのが相当である。

原告は、本件商標中図形の部分における「ライオン」の姿態、「ライオン」と「カツプ」の位置・大きさの関係および「ライオンカツプ」「LIONCUP」の文字の記載の態様等よりすれば、「ライオン」と「カツプ」を分離すべきでなく、両者は、一体不可分的に「ライオンカツプ」の称呼・観念を生ずるとみるのが自然であると主張するけれども、前記のような本件商標の構成態様からみて一体不可分的に「ライオンカツプ」の称呼・観念のみを生ずるとみるのが自然であるとは考えられず、他にそのように考えるのを相当とするような取引上の特殊事情の存する事実について、なんらの主張も立証もない。したがつて、本件商標から「カツプ」の称呼および観念をも生ずるとみることはなんら取引上の経験則に反するものではない。

本件連合商標の基本商標たる登録第三〇四、四五九号商標が原告主張のような図形から成るものであることは成立に争いのない甲第二号証によつて明らかであり、同商標が「ライオンコツプ」の称呼のもとに原告主張の文字商標集に摘録されていることは被告においても認めるところであるけれども、そのことは必ずしも右商標から「カツプ」の称呼・観念をも生ずることを否定すべきこととはならないし、また本件商標にあつては前記認定のような表現態様の文字が顕著に表わされている点において右基本商標の構成と趣を異にする面もあり、本件商標につき先に考察した諸点を総合すれば、右の原告主張事実は、本件商標から「カツプ」の称呼・観念をも生ずると考えることを不自然とすべき根拠とはならない。

四、一方引用商標からは、単に「カツプ」の称呼および観念のみを生ずるものであることは極めて明らかなところであるから、本件商標と右引用商標とは、その称呼および観念を共通にするものであり、これを同一または類似の商品に使用するときは取引上互に誤認混同を生ずるおそれのあるいわゆる類似商標に該当するものというべく、両商標が指定商品を共通にし、しかも引用商標の方が本件商標より先に登録されたものであることは原告の明らかに争わないところであるから、本件商標の登録は旧商標法第二条第一項第九号の規定に違反してなされたものといわねばならない。

五、原告は、本件審決は、二つの異なつた単語を結合して成る商標とそれぞれの単語のみから成る商標がある場合に、前者が後者と非類似の商標として取り扱われている登録例および審決例に反するものであると主張して、いくつかの先例を挙げており、原告主張のような登録例の存することは被告も争つておらず、また原告主張の審決例の存することも成立に争いのない甲第六号証によつて認め得るのであるが、しかし他の事件に関する特許庁の既往の審査例審決例等が当然に本件における当裁判所の判断を左右すべきものでないことはもちろん、これら審査及び審決は、いずれもそれぞれの具体的事例について特定の事情を考慮してなされたものと解すべきであるから原告主張のような登録例審決例の存することは、必ずしも本件審決が本件商標と引用商標とを類似するものと認めたことをを違法とすべき根拠とはならないものというべきである。

六、なお、本件商標が原告主張の登録第三〇四、四五五号商標の連合商標として登録されたものであることが、本件商標につき旧商標法第二条第一項第九号を適用することの妨げとならないことはいうまでもない。けだし、旧商標法第三条は、同条所定の要件を具える商標は連合の商標として出願した場合にかぎりこれを登録する旨を規定したものにすぎず、同条の規定に該当し連合商標として登録出願をしたものであれば、他に同法第二条所定の拒絶理由の存する商標までこれが登録を許容する趣旨でないことは明らかだからである。

七、以上説明のとおりであるから、本件商標の登録が旧商標法第二条第一項第九号に違反してなされたものであるとして、同法第一六条第一項第一号を適用しこれを無効とした本件審決にはなんら違法の点はなく、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

目録

登録第521205号商標〈省略〉

登録第439507号商標〈省略〉

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